学校日記

研究授業~7年 国語~

公開日
2025/10/30
更新日
2025/10/30

日々の様子

本日は、中台中にて研究授業がありました。

対象は、7年生の国語です。

板橋スタンダードSを駆使した授業実践を行いました。

今回の単元が、『トロッコ』芥川龍之介です。

学習課題は、「情景描写に着目し、主人公の心情を読み取る」ことでした。

どの場面における情景描写を取り上げるのか、誰と深めるのか、どのように取り組むのか、

生徒が選択して与えられた時間の中で議論を行い、見解をまとめます。

最後には、学習進捗表を用いて、本時のふりかえりまで、生徒自身で取り組むことができました。


トロッコ

芥川龍之介の短編小説『トロッコ』は、少年・良平の憧れと不安という心の動きを、巧みな情景描写によって鮮やかに描き出した作品です。

特に、情景描写は良平の心情と深く結びついており、物語の転換点となる場面でその効果が際立っています。


あらすじ

トロッコへの憧れ

物語の主人公は、軽便鉄道の工事現場近くに住む8歳の少年・良平(りょうへい)です。

良平は、工事現場で土砂を運ぶために使われる手押し式のトロッコに強い憧れを抱き、毎日見物に行っていました。


夢中な体験

ある日、良平は土工(土木作業員)たちに頼み込んで、トロッコを押させてもらうことに成功します。

そして、帰路では土工たちに交じってトロッコに乗せてもらい、勢いよく坂を下る疾走感と高揚感を味わいます。


不安と恐怖

しかし、土工たちが仕事の都合で、良平の村よりもはるか遠くの停留所に泊まることになり、

良平は急に一人で引き返すことになってしまいます。 夕暮れ時、遠くに来すぎたことへの不安と、

暗い山道を一人で帰る恐怖に襲われながら、良平は必死に家まで走り続けます。


結末

時は流れ、良平は26歳の大人になり、都会で「塵労(じんろう)」に疲れる日々を送っています。

しかし、ふとした瞬間に、理由もなく子どもの頃のあのトロッコに乗ったときの恐怖と興奮の体験を思い出し、

胸を締め付けられるような寂寥感(せきりょうかん)を感じる、というところで物語は終わります。


特徴

主人公の心情描写: 幼い良平の純粋な憧れ、トロッコに乗った際の無邪気な喜び、そして一人きりになったときの極度の不安という、

激しい心情の変化が丁寧に描かれています。


情景描写の巧みさ: 前の回答でも触れたように、周囲の景色(明るい蜜柑畑から薄暗い藪、薄ら寒い海へ)が、

良平の心の状態を映し出すように変化していく手法が特徴的です。


ノスタルジー: 結末で、大人の良平が過去の体験を思い出す構成により、この作品は、

人生の苦労の中でふと蘇る子どもの頃の感情や憧れへの郷愁(ノスタルジー)を描いた物語としても読まれています。


 『トロッコ』における情景描写の役割

この物語では、情景描写が良平の高揚感から絶望的な不安、そして大人になってからの寂寥感へと変化する心情を、

読者に視覚的・感覚的に伝達する役割を果たしています。


1. 憧れと高揚:明るく暖かい世界

物語序盤、良平が土工たちに交じってトロッコを押してもらい、勢いよく坂を下る場面は、明るく満ち足りた情景で描写されます。

「両側の蜜柑畑に、黄色い実がいくつも日を受けている。」

心情: トロッコに乗れたことによる喜び、興奮、満ち足りた幸福感。

効果: 「黄色い実」「日を受けている」という暖かく明るい色と光の描写が、良平の高揚した気持ちを象徴しています。

   嗅覚的な描写(みかんのいい匂い)も加わり、良平の幸せな気分を強調しています。


「つき当りの風景は、忽ち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。」

心情: 疾走感と有頂天になった気分。

効果: トロッコの速度と風景のダイナミックな展開が一体となり、良平の興奮を表現しています。


2. 不安と恐怖:暗く、遠い、薄ら寒い世界

トロッコが止まらず、どんどん遠くまで来てしまったことに気づいてからの良平が、

一人で家路を急ぐ場面では、情景描写が一転し、不安と恐怖を増幅させます。


「高い崖の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。」

心情: 「余り遠く来過ぎた」ことへの心細さ、孤独感、恐怖。

効果: 「広広と」という描写は、空間的な広大さを示し、幼い良平の孤独を際立たせます。

   「薄ら寒い海」の描写は、良平の心に広がる冷たい不安感を映し出しています。


「竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山の空も、もう火照(ほて)りが消えかかっていた。」

心情: 楽しい体験の終わり、焦り、心身の疲労。

効果: 楽しさや喜びの象徴であった「夕焼け」の火照り(明るさ・暖かさ)が失われ、周囲が暗くなっていきます。

  良平の心から希望や明るさが消えゆく様子と時間が連動しています。


3. 結末:人生の疲労と郷愁

大人になり、都会で「塵労に疲れた」26歳の良平が、ふとした瞬間にトロッコの体験を思い出す結びの情景描写は、

この物語の核心を成しています。


「塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。」

心情: 人生の苦労、倦怠(けんたい)感、郷愁。

効果: 良平が必死で走った「薄暗い藪や坂のある路」は、

そのまま困難な人生の道のりを暗示する象徴的な情景となっています。

「細細と一すじ断続している」という描写は、良平の疲れた心境と、

終わりの見えない孤独な人生の暗示として、深い余韻を残しています。


芥川は、このように光、色、温度、広がりといった感覚的な要素を巧みに操り、

情景に良平の心情を重ね合わせる(情景移入や象徴的表現)ことで、読者に強い共感を呼び起こしています。


『トロッコ』の主な解釈のポイント

1. 幼年期の憧れと挫折(通過儀礼の失敗)

憧れの象徴: トロッコは、良平にとって、大人の世界、機械文明の力、あるいは自由な行動の象徴です。

      良平は、トロッコに乗ることで、普段の生活から抜け出し、憧れの世界に触れようとします。


挫折の体験: 遠くまで連れて行かれ、置き去りにされる体験は、子どもが憧れと現実のギャップ、

      そして大人社会の無関心さに直面し、精神的な危機を迎える一種の通過儀礼として解釈されます。

      この時味わった孤独と恐怖は、幼い良平にとってトラウマとなり、一生の記憶として残ります。


2. 人生の道のりのメタファー(象徴)

トロッコの往路: トロッコに乗って勢いよく下る道のりは、人生の楽しい時期や、順風満帆な滑り出しを象徴しています。

        顔に当たる風や展開する風景は、明るい未来への期待や高揚感です。


徒歩での帰路: 暗い中、一人で必死に走る帰路は、人生の試練、孤独な努力、あるいは避けられない苦難の道を象徴しています。

       最後に描写される「薄暗い藪や坂のある路」は、大人になっても続く人生の苦労そのものを表しています。


3. 大人の寂寥感(ノスタルジー)

「塵労(じんろう)」に疲れた大人: 26歳になった良平は、都会の仕事(校正)に疲れ果てています。

                 この「塵労」とは、世俗の仕事や生活の煩わしさ、人生の苦痛を指します。


回想の意味: 大人がふと子どもの頃の「恐怖」の体験を思い出すのは、その時の極限的な感情や、

      無邪気な憧れを抱いていた時期が、現在の「塵労」に満ちた生活よりも鮮烈で純粋な

      ものであったからと解釈されます。


郷愁の対象: 思い出されるのは楽しかったことだけでなく、むしろ必死に走った苦しい記憶です。

      それは、かつては生きていく上での大きな困難だったものが、大人になって振り返ると、生の実感や、

      純粋に何かを追い求めていた情熱の象徴となっているためです。


4. 芥川自身の投影(私小説的要素)

芥川龍之介は、しばしば自身の少年期の体験や複雑な心理を作品に投影しました。

この作品の主人公である良平の純粋な憧れ、急激な不安、そして後の人生の疲労感は、

芥川自身が抱えていた感情や内面を反映しているという解釈もあります。


このように、『トロッコ』は、一人の少年の体験を通して、普遍的な人間の生と苦悩、

そして郷愁を描き出した作品として高く評価されています。



日本が誇る、文学小説を読み味わい、7年生ながらに必死に読解に取り組んでいました。

たくさんの先生方に囲まれ、緊張していた様子でしたが、らしさを存分に発揮しながら

楽しんで授業に取り組む様子が印象的です。

次回は、発表が行われるということで、とても楽しみです。

どんな見解をもったのでしょう。



           記事  風見 一統