学校日記

15年前を忘れない!哀悼の意を!

公開日
2026/03/11
更新日
2026/03/11

日々の様子

令和8年3月11日(水)東日本大震災から15年・・・

1. 震災当時(2011年3月11日)「1000年に一度」と言われる未曾有の災害でした。

地震の規模: 午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生。

宮城県栗原市で震度7を観測し、揺れは6分以上も続きました。

巨大津波: 地震発生から約30分後、高さ10mを超える大津波が東北・関東の沿岸部を襲いました。

岩手県宮古市では最高40.5mの遡上高(山を駆け上がった高さ)を記録しています。

原発事故: 津波により東京電力福島第一原子力発電所の全電源が喪失。

メルトダウン(炉心溶融)が発生し、広範囲に放射性物質が拡散する深刻な事態となりました。

被害の大きさ: 死者・行方不明者は約1万8千人を超え、避難者はピーク時に約47万人に達しました。


2. 現在の状況(2026年3月)15年が経ち、ハード面の整備はほぼ完了しましたが、目に見えにくい課題が残っています。

復興の進展インフラ整備: 復興道路(三陸沿岸道路)の全線開通や、

高台移転、災害公営住宅の建設はほぼ終了しました。

震災遺構: 宮城県の「門脇小学校」や「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」などが保存され、

次世代への語り部活動が続いています。

経済の明暗: 観光客が戻りつつある一方で、水産業などの基幹産業は震災前の水準を

完全には取り戻せておらず、人手不足も深刻です。


残る課題

避難者の現状: 現在も約2万6千人が避難生活を続けています。

特に福島県では今も帰還困難区域が残り、故郷に戻ることを断念する人も少なくありません。

福島の廃炉: 福島第一原発の廃炉作業は、溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しが始まったばかりです。

完了までには「30年〜40年」かかるとされ、2051年までの完了目標は非常に厳しい状況にあります。

記憶の風化: 最新の世論調査では、約65%の人が「震災の記憶が風化している」と感じており、

教訓をどう語り継ぐかが問われています。


当時と今の比較データ

震災直後 (2011年)現在 (2026年)避難者数約47万人約2.6万人

仮設住宅約12万戸 (建設ピーク)ほぼ解消 (一部福島を除く)

復興予算集中復興期間として多額投入「第3期復興・創生期間」へ移行

主要道路各所で寸断三陸沿岸道路などが全線開通15年という月日は、

街の景色を大きく変えましたが、被災された方々の心の復興や福島の課題は今も続いています。


今を生きる、中学生は、当時を知らない世代になりました。

知っている大人が、風化させないために、できることを考えることも

これからの未来には、とても大切なことです。


個人的に、毎年福島の地を訪れますが、場所によっては、

未だに当時のまま復興がすすまない場所もあります。

地元の方は、あの頃は、ここまで水位が増して・・・

荒れ地となった場所をみては、ここには○○があってね・・・

と、歳月が過ぎても、鮮明に当時のことが胸に刻まれているようです。


中台中では、本日は水曜日時程のため、発生同時刻に祈りを捧げることがかなわないために、

朝の時間に、校長先生から東日本大震災についての講話を頂き、

全校生徒で黙祷しました。


これからの未来も、予想がつかないようなことが起きるかもしれません。

しかし、これまでも、何度も乗り越え、さらに成長させてきたことが、

日本の誇らしいところでもあります。

自然災害は、人の力ではどうにもなりませんが、備えや、その後については

いくらでも可能性を秘めています。


過去を教訓に、未来に生きる我々が、過去・現在・未来を繫ぐ

架け橋となり、日々を過ごしていってほしいと思います。



                    記事 風見 一統