学校日記

おいしい給食「五色ご飯」全国学校給食週間

公開日
2026/01/26
更新日
2026/01/26

日々の様子

1月26日(月)大正十二年頃の給食

今日のメニューは、五色ご飯、白御魚の照り焼き、栄養味噌汁、牛乳です。

今週は、学校給食週間です。学校給食の意義や役割について学ぶ1週間です。

日本の学校給食は、単なる「お昼ごはん」以上の深い歴史と役割を持っています。

明治時代に始まり、時代のニーズに合わせてその姿を変えてきました。


学校給食の変遷と、現代における重要な意義について

1. 学校給食の歴史:おにぎりから始まった歩み

日本の給食は、子どもたちの栄養状態を改善し、就学を支援するために始まりました。

明治時代(1889年):給食の始まり 山形県鶴岡町の私立忠愛小学校で、お弁当を持ってこられない貧困層の

子どもたちのために無料で提供されたのが始まりです。

献立は「おにぎり・焼き魚・漬物」というシンプルなものでした。

大正〜昭和初期:普及と中断 政府が補助金を出し、全国的に広がり始めましたが、

第二次世界大戦の激化による食糧難で中断を余儀なくされました。

戦後(1946年〜):脱脂粉乳とコッペパン 戦後の深刻な栄養不足を解消するため、

LARA(アジア救済公認団体)からの寄贈物資を受け、給食が再開されました。

1954年には「学校給食法」が制定され、教育の一環として位置づけられました。

昭和後半〜現代:バラエティ豊かに 1976年には米飯給食が正式に導入され、

パン中心から日本伝統の食事へとシフト。現在では、地産地消やアレルギー対応、

世界の料理など、非常に質の高い内容になっています。


2. 学校給食の4つの大きな意義と役割

現代の給食には、主に以下の4つの役割があります。


① 健康の保持増進と栄養補給

子どもたちが1日に必要な栄養素の約3分の1(カルシウムなどは50%近く)を摂取できるよう、

栄養教諭が綿密に計算しています。特に「適切な塩分」や「不足しがちな野菜・鉄分」を補う重要な機会です。


② 食育(生きた教材)

給食は「食べる教材」です。

地産地消: 地域の特産品を知り、郷土愛を育む。

文化の継承: 行事食(節分や冬至など)を通じて伝統を学ぶ。

感謝の心: 生産者や調理員への感謝、動植物の命をいただく意識を養う。


③ 望ましい食習慣の形成

「好き嫌いを減らす」「正しい箸の使い方」「適切な食事量を知る」といった、

生涯にわたる健康の基礎となる習慣を身につけます。


④ 社会性の育成

クラスメイトと同じものを食べ、配膳や片付けを協力して行うことで、

コミュニケーション能力や責任感を学びます。

給食の時間は、学校生活における「心のゆとり」を生む場でもあります。


3. 現代の課題:物価高騰とアレルギー

素晴らしいシステムである一方、現代ならではの悩みもあります。

物価高騰: 食材費が上がる中で、栄養価と質をどう維持するかが全国的な課題です。

食物アレルギー: 誤食を防ぐための徹底した管理(除去食・代替食)が求められています。


給食の歴史を振り返ると、常に「子どもたちの健やかな成長」という願いが中心にあったことがわかりますね。


今日は、大正12年頃の給食です。

大正12年(1923年)頃は、日本の学校給食の歴史において

「黎明期(れいめいき)から本格的な普及への転換点」にあたる非常に興味深い時期です。

明治時代の「貧困救済」という目的から一歩進み、国が「国民の健康と体格向上」のために

給食を活用し始めた時代背景があります。

 1923年(大正12年)前後の給食の姿この時期、文部省(当時)が「学校給食実施に関する通牒」を出し、

全国的に給食を奨励しました。

実施の目的: 栄養不足による虚弱児童の改善。当時は結核などの病気が多く、子どもの体格向上が国家的な課題でした。

対象: まだ全員ではなく、主に「栄養不良」と診断された児童や、生活困窮家庭の子どもたちが対象の

「特別給食」という形が主流でした。

献立の例: 明治時代の「おにぎり」から、栄養を考慮した「五目御飯」や「味噌汁」へと進化しました。

主食: 麦ごはん、五目御飯汁物: 具だくさんの味噌汁(野菜、豆腐、時には少しの肉や魚)

副菜: 煮物、漬物2. 時代背景と大きな出来事1923年といえば、歴史的に避けて通れないのが関東大震災です。

震災による炊き出し: 1923年9月1日に発生した関東大震災直後、学校は避難所となり、

そこで行われた炊き出しが、結果として「集団給食」の有用性を再認識させることになりました。

栄養学の誕生: 「栄養学の父」と呼ばれる佐伯矩(さいき ただす)博士が、

世界初の栄養研究所を設立したのもこの頃です。彼は「完全食」としての給食を提唱し、

単なる空腹を満たすものではなく、計算された栄養という概念を給食に持ち込みました。

 大正時代の給食の雰囲気

当時の給食風景は、現在とはかなり異なります。

教室ではなく、専用の「給食所」や講堂で食べることが多かった。食器主にアルマイト製や陶器。

現代のようなプラスチック製はありません。教育的指導「咀嚼(そしゃく)」、

つまりよく噛んで食べることが非常に厳しく指導されました。

 この時期の意義:救済から「教育・健康」へ大正12年頃の最大の特徴は、

給食が「恵まれない子への施し」から「教育の一環・健康増進の手段」へと、

その社会的意義がスライドし始めた点にあります。

これが後の昭和の「義務教育としての給食」の土台となりました。

豆知識: 当時のレシピには、すでに「ビタミン」という概念を取り入れようとする試みが見られ、

ホウレン草などの緑黄色野菜を積極的に使うよう推奨されていました。

大正時代の給食は、まだ全国どこの学校でも食べられるわけではありませんでしたが、

現代の食育の「根っこ」がこの時代に作られたと言えます。


都立推薦入試に、インフルエンザの蔓延と・・・冬真っ盛りな情勢ですが、

気持ちは強く、できるすべての対策を行動で示して、元気に生活しましょう。

大切なことは、マスク着用・手洗い励行・睡眠・栄養です。

命が一番です。健康第一です。それを犯してまで、やらなければならないことはありません。

物事は、日々の積み重ねで成り立ちます。自分の1日24時間の使い方に最善を尽くして

生活しましょう。

今週は、給食の歴史を学び、今日の給食の意義を考え、感謝の気持ちを忘れずに、

頂きましょう。


都立推薦入試受検のみなさん、ご苦労様でした。

そろそろ生徒によっては、帰路についていることでしょう。

終わったことよりも、次に向けた準備を進めましょう。

まだまだ受検は続きます。

今、自分ができることに全力投球を忘れずにやっていきましょう。


                 記事 風見 一統