本日は、板橋第三中学校の開校記念日です。
開校記念日に関する話は、昨日臨時朝礼で話すとともに、同日発行の『校長通信』に掲載しました。それと同じ内容の記事を以下に掲載します。改めて、本校を支えてくださっている保護者や地域の皆様に感謝申し上げますとともに、今後とも宜しくお願い申し上げます。
校長 武田幸雄
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5月1日は、本校の開校記念日です。そこで、今日は臨時にこの紙面を借り、開校記念日について話をします。
板橋第三中学校が開校したのは、1947年(昭和22)なので、今年は創立74年目を迎えたことになります。5月1日に開校式が行われたため、開校記念日もこの日になったようです。
なお、その年に入学した1年生は4クラス168名でしたが、以来74年の間に、1万7552名もの卒業生が巣立っています。
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1947年といえば、太平洋戦争が終わって2年後です。まだ東京のあちこちに、空襲の焼け跡など戦争の傷痕が残っていたことでしょう。施設・設備や教材教具も満足にそろわない学習環境の中、きっと当時の生徒や先生方は、日本の明るい未来を信じて、授業をはじめ諸活動に取り組んだに違いありません。
この年には、わが国の最高法規である日本国憲法が施行されました。この憲法は「等しく教育を受ける権利」を定めています。また、教育基本法や学校教育法など、現在の教育の根本的なことを定めた法律も、この年に施行されました。
板三中の歴史は、まさに新しい日本の歩み、そして、戦後教育の歩みと共にあるわけです。
その板三中と同じ歴史を歩んでいる、つまり、1947年生まれの著名人をあげてみましょう。74歳といえば、もしかしたら皆さんのおじいさん・おばあさんの中にも、同い年という方がいらっしゃるかもしれませんね。
お笑いタレントで映画監督なども務めるビートたけしさん。同じくお笑いタレントの高田純次さん。俳優の西田敏行さん。海外で皆さんも知っていそうな方をあげると、映画『ターミネーター』の主演俳優で、カリフォルニア州知事も務めたアーノルド・シュワルツェネッガーさんがいます。
皆さんは、今名前の挙がった人たちと同じ年齢になった時、つまり74歳の自分を想像することができますか?9年生でさえ、59年も先のことです。たぶん、ほとんどの人が、そんな先のことは考えられないことと思います。
それほど長い歴史を、この板橋第三中学校は歩んできたのです。
【来し方・行く末】という言葉があります。【来し方】とは、過ぎてきた方向や時間のことです。【行く末】とは、これから向かう方向や時間のことです。
5月1日の開校記念日を機に、74年という板三中の【来し方】に思いを馳せ、1万8000人近い先輩たちの功績に敬意を払ってください。多くの先輩たちが繋がれてきた歴史や伝統があるからこそ、今日の板三中は地域の皆さんから愛され、信頼され、温かいご支援をいただけているのです。
同時に、私たちが切り開いていく【行く末】にも思いを馳せ、決意を新たにしてください。
昨年度、本校の教育目標は『学ぶ・鍛える・思いやる』に改定されました。同時に、細かく定めていた校則も『Be Gentleman(紳士であれ)』に一本化しました。そして、長引くコロナ禍は、学校生活に様々な制約や制限をもたらした一方、より効果的で効率的な教育活動の方法を考え、実行するきっかけにもなっています。
そんなことからもわかるように、本校の新たな歴史や伝統は、皆さんが築いていかなければなりません。これまでの学校像をただ継承するだけでなく、新しい時代、新しい価値観にも対応した新しい学校を、皆さんが築いていくのです。
【来し方】より【行く末】の板三中がさらに輝いているために、そして、この板三中を『東京で一番の学校』にするために、皆で力を合わせて前へ進みましょう。