アポロ13号は、地球からの距離約32万km(月まで約6万km)に達した時、予期せぬ爆発事故に見舞われます。そして、その事故によって13号のミッションは、月面着陸ではなく地球への帰還に変更されました。ただし、機体の損傷はもちろん酸素不足、燃料不足、水不足など想定外の事態が次々に発生し、新たなミッションは月面着陸以上に困難なものとなってしまうのです。
時間の関係上結果だけ伝えますが、アポロ13号は奇跡の生還を遂げます。そのため本来のミッションをクリアできなかったにもかかわらず、3名の乗組員が誰1人欠けることなく地球に戻ってきた生還劇は、半世紀以上たった今も「successful failure(成功した失敗)」と称えられています。
その生還劇の詳しい経緯は、1995年公開の『Apollo13(アポロ・サーティーン)』という映画に描かれています。映画を見ればわかりますが、乗組員が奇跡の生還を遂げられたのは、何より彼ら自身に優れた知力、体力、そして、けっして諦めない不屈の精神力があったからです。
ただし、これも映画を見ればわかりますが、奇跡を生み出すにはもう1つの欠かせない要因がありました。それが、地球からサポートし続けたスタッフ、つまり、ヒューストン管制センター管制官たちの存在です。私は、映画の中でその管制官の1人が言ったあるセリフが、とても印象に残っています。
想定外の問題の解決には、想定外の方法を用いなければなりません。前例に頼らない大胆な発想が、行き詰まった状況を打開するきっかけになることもあります。私の印象に残っているのは、それをためらうスタッフに、主任管制官が言ったセリフです。
その主任管制官はジーン・クランツという実在の人物で、彼の残した教訓は今でも『ジーン・クランツの10か条』として、NASA(アメリカ宇宙航空局)で現役の宇宙飛行士や管制官の教科書代わりになっているそうです。ジーン・クランツは、想定外の方法をためらうスタッフに、こう言いました。
「何を想定したかは、どうでもいい。何ができるかだ」
これから皆さんが生きる時代は、AI(人工知能)の活用により、社会のあり方が大きく変革します。そして、大きな変革は、時に想定外の事態、いわゆる「不測の事態」をもたらすかもしれません。
それだけではありません。今後起こりうる大規模自然災害や感染症パンデミックが、不測の事態を引き起こすことも考えられます。
そうした不測の事態に直面したとき、既成概念にとらわれている人は思考停止に陥ります。思考が停止すると、人はひたすら「できない理由」を挙げ連ね、問題を先送りします。そして、前にも進めず後ろにも退けず、時代に埋もれてしまうでしょう。だからこそ、変革の時代に生き、予測困難な事態に備えなければならない皆さんには、ジーン・クランツの言葉を覚えておいてほしいのです。
「何を想定したかは、どうでもいい。何ができるかだ」