学校日記

おいしい給食「カレーライス」

公開日
2025/06/19
更新日
2025/06/19

日々の様子

6月19日(木)

今日のメニューは、カレーライス、野菜サラダ、みかんゼリー、牛乳です。

今日は、みんな大好き「カレーライス」

学校では、大釜で大人数分のルーをつくるため、家庭では再現できない

学校生活を彩る味付け!ですね。

午前中から、給食室から香るカレーの匂いが、よけいに食欲を駆り立てますね。




カレーライスといえば、家庭料理としてもキャンプなどのアウトドア料理としても定番のメニューとしてよく作られる国民食の一つです。

もともと海外から伝わってきたカレーは、なぜ日本の国民食になるまで普及・定着したのでしょうか。



18世紀、当時インドを植民地としていたイギリスが、現地の料理を本国に紹介しました。

当時のイギリスが支配していたのはインドのなかでも「ベンガル地方」という地域がメインでした。

インドのカレーといえば、ナンをイメージするかもしれませんが、この「ベンガル地方」では主食がお米なので、

ごはんにスパイスの汁をかけて食べるのが一般的でした。イギリスに伝わったカレーが「カレー(スパイスの汁)×ごはん」、

すなわち「カレーライス」の組み合わせだったのです。

インドではカレーを作るとき、そのときどきでさまざまなスパイスを組み合わせて作っています。

同じ味は2度とないとされるほどです。イギリスではその工程を簡単かつ均一のクオリティにするため、

C&B社が「カレー粉(カレーパウダー)」を作りました。

当時イギリスでは、栄養バランスのとれた「シチュー」が食事として好まれていたのですが、

味付けに使う牛乳は長持ちしないため、航海に向いていませんでした。そこで、航海中の食事としてシチューと同じ具材を使いながら、

日持ちのするカレー粉で味をつけたカレーライスが定着していったとされています。




そんなイギリスから日本にカレーが伝えられたのは、明治の初めごろとされています。

明治4年には、米国留学の船上で初めて日本人がカレーライスに出会ったという記録があります。

さらに、明治5年にはカレーライスの作り方を紹介した本が発刊され、日本国内にも伝わりました。

この頃、文明開化の象徴として牛肉が急速に普及したこともあり、手軽な牛肉の食べ方としてカレーライスが紹介されたのです。

明治6年以降は、まず陸軍幼年学校の土曜日の昼食としてカレーライスが導入され始めました。

明治38年には初の国産カレー粉が、明治39年には「カレーライスのタネ(レトルト食品に近い)」が発売され、

カレーは次第に高級食から大衆食へと変化していきます。



カレーは栄養価が高いことに加え、調理が簡便で集団食に向いていたため、軍用食として広まりました。

特に、カレー粉は長期保存が可能で航海中の食事に向いていたことから、

もともとイギリスでも海軍の軍用食として定着していたのです。明治期に作られた日本海軍はこのイギリス海軍をお手本としたため、

カレーライスは海軍食として注目されました。

最初はイギリス軍同様、カレー+パンという形で食べていましたが、小麦粉でとろみをつけるとよりごはんと合わせやすく、

以降、海軍での毎週金曜日の昼食はカレーライスとして定着しました。これには、景色が変化しにくい海の上で、

曜日感覚をなくさないためだという説もあります。「金曜日にカレー」の習慣は、現在の海上自衛隊にも引き継がれています。

こうして軍隊でカレーライスを食べた兵士たちが家に帰り、カレーライスを家族に伝えることで徐々に広まっていったと考えられています。

さらに、戦後の昭和23年には全国の学校給食にもカレーライスが導入され、国民食として発展していきました。

昭和57年には学校給食創立35周年を記念して1月22日をカレーライスの日と定め、全国の小中学校で一斉に給食にカレーが出されたこともあります。




今日も、朝から給食室のみなさんが、一生懸命につくってくれました。

感謝の心をもって、美味しく頂きましょう!


記事 風見 一統