冬休み終盤の今月6日、東京で大雪警報が出され10cmの積雪も観測されました。4年ぶりの本格的な雪に年甲斐もなく気分が高ぶったのかもしれません。当日私は学校から帰ると、すでに暗くなった自宅前で、2人の孫と雪合戦をしました。
実はその日もそうでしたが、雪合戦というと必ず思い出す短編小説があります。大正から昭和にかけて活躍した菊池寛という作家の小説で、タイトルはその名も『納豆合戦』。1919年(大正8)の作品なので、おそらく時代背景もその頃かと思います。
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物語は、以下のような書き出しで始まります。
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【皆さん、あなた方は納豆売の声を、聞いたことがありますか。朝寝坊をしないで、早くから眼をさましておられると、朝の六時か七時頃、冬ならば、まだお日様が出ていない薄暗い時分から、「なっと、なっとう!」と、あわれっぽい女の納豆売の声を、よく聞きます。】
【私は、「なっと、なっとう!」という声を聞く度に、私がまだ小学校へ行っていた頃に、納豆売のお婆さんに、いたずらをしたことを思い出すのです。それを、思い出す度に、私は恥ずかしいと思います。悪いことをしたもんだと後悔します。】(一部 中略)
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こうして【私】の苦い過去が語られるのですが、以下、簡単にあらすじを紹介します。
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11〜12歳頃の【私】は、【吉公】というあだ名のガキ大将を筆頭に4〜5名の悪友たちと小学校へ通っていました。【私】たちは毎朝のように、通学路で納豆売りのお婆さんと出会いました。お婆さんは目が不自由で杖をつき、見るからにみすぼらしい身なりをして納豆を売り歩いているのでした。
ある日、そのお婆さんに対し【吉公】がいたずらをします。お婆さんの目が見えないのをいいことに、安い方の納豆の代金(1銭=昔のお金で現在なら10〜20円)を払い、高い方(2銭=20〜40円)の納豆を騙し取ったのです。それを見ていた【私】たちも、お婆さんのことを見下したように笑うのでした。
その後も【私】たちは、お婆さんに出会うたび入れ替わり立ち替わり納豆を騙し取りました。ただし、その納豆を食べるわけではありません。雪合戦のように納豆をひとつかみずつ投げ合う悪ふざけ、つまり「納豆合戦」に使っていたのです。
ある朝、同じように納豆を騙し取ろうとした【吉公】の腕を、駆けつけてきた【お巡査さん】がつかみます。そして、ものすごい剣幕で【吉公】を叱り、交番へ連れて行こうとしました。恐怖のあまり大声で泣き出した【吉公】を見て、共犯の【私】たちも一斉に泣き出すのでした…。
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納豆売りの行商を見たのは、この私(校長)でさえ幼い頃の遠い記憶です。したがって、皆さんにはイメージしづらかったかもしれません。それでもあえてこの小説を紹介したのは、いじめについて2つのことを知っておいてほしかったからです。
1つは、自分より弱い立場にある者(ここでは【お婆さん】)をいじめるような人間(【吉公】や【私】)は、自分より強い立場や力のある者(【お巡査さん】)の前では、いとも簡単に弱者に転落するということです。それは「人をいじめる者は、いつか簡単にいじめられる側になる」ということでもあります。
もう1つは、冒頭の【私】の述懐【それを、思い出す度に、私は恥ずかしいと思います。悪いことをしたもんだと後悔します。】から読み解いてください。いじめが、被害者を深く傷つけるのは言うまでもありません。一方で、年月とともに加害者にも、深い後悔や自己嫌悪の念を抱かせるようになる、ということです。
『納豆合戦』は、知る人ぞ知る小説で、書店でもあまり見かけません。ただし、菊池寛の生まれ故郷・香川県高松市の公式ホームページから、無料でダウンロードできます。ぜひChromebookで検索して、読んでみてください。