水泳指導開始も迫っていたので、「そのまま放置」という選択肢はあり得ません。では、「近くに放置」というのはどうでしょう。公園に放置しても、親鳥に抱卵してもらえない卵は１日ともたないでしょうし、カラスなどに補食されることも考えられます。どちらにしても、卵が生き延びる可能性は０（ゼロ）なのです。

　そこで私は、卵を自宅に持ち帰り、簡易ふ卵器で温めることにしました。そして、卵を見つけた状況も踏まえてＡＩに「卵が孵化する確率」を尋ねました。すると、もともと産み捨てられた野鳥の卵は、ほとんどが無精卵であることも含め「雛がかえる確率は10％以下」という回答でした。

　10％以下の孵化確率。それでも私は、孵化に最適とされる温度や湿度の維持に努め、親鳥がそうするように１日に数回転卵（卵の向きを変えること）も行いました。

　そして１週間後、卵に光を当てて透かして見ると、中で「黒い小さな何か」がかすかに動いていたのです。私は、そのかすかな動きに「黒い小さな何か」の「生きようとする意志」を感じ取りました。同時に、法律には触れるかもしれないけれど、その意志に寄り添おうと決めたのです。

　細かい経緯は省略します。プールサイドで卵を拾ってから27日目の夜、卵の表面に小さなひびが確認できました。そのひびが大きくなるにつれ、殻の割れ目からピヨ、ピヨという弱い鳴き声も聞かれるようになりました。そして翌朝、殻が大きく割れました。「黒い小さな何か」が「生きようとする意志」を全うした瞬間でした。

　さて、６月の朝礼で私が、『ハゲワシと少女』の写真を用いて話した内容を覚えているでしょうか。その中で私は「価値観の多様化した現代は、正義も多様化している。したがって、正義の対義語は『不正義』ではなく『もう１つの正義』と考えたほうがいい」といった話をしました。とはいえ、法律という絶対的正義の前では、私のとった行動は間違っています。最初に「反省と悔悛」という表現を使ったのは、そのためです。

　一方で、あのとき生き延びる可能性はゼロと知りつつ卵を放置していたら、きっと私の心には小さなとげが刺さっていたでしょう。

　皆さんは、どう思いますか。

　その後私は、自分の間違った行動を環境局に申告・謝罪しました。その際、なるべく早く雛をどこかに放置するよう指示されましたが、生きようとする意志に寄り添った者の責任として、３週間だけ猶予をもらって育てました。そして現在、ある程度大きく育った雛は、ＮＰＯ保護団体に預け、野生にかえす訓練をしてもらっています。