※ 写真は、校舎屋上から望む富士山です。
穏やかなお正月をお過ごしのことと拝察致します。さて、私たち現代人の生活様式は、衣・食・住さまざまな面で洋式化されています。しかし、このお正月だけは【和】を感じる歳時記がたくさん残っています。
初詣、おせち料理、門松、羽子板、振り袖姿 …。1年を通して、見るもの聞くものの多くが【洋】となりつつある現代、せめてお正月ぐらいは【和】の気分に浸ってみるのもよいのではないでしょうか。
1月2日は、そんな【和】を感じる歳時記の一つ「初夢」です。以下、『日本人のしきたり』(青春出版社)という本から「初夢」について引用しますので、『おりたたみ記事』をクリックしてください。
皆さんが、縁起の良い初夢を見られますように!
校長 武田幸雄
一般的に、正月の二日の夜に見る夢を「初夢」といい、見た夢の内容しだいで、その年の運勢を占うものです。
「なぜ元旦ではなく、正月二日の夜に見る夢が初夢なのか?」と疑問を抱く人も多いと思いますが、昔は書き初め、稽古始め(けいこはじめ)、仕事始めなど、年はじめの行事が二日であったため、一年のスタートとして、二日に見る夢を重視したようです。
初夢にその年の運勢が表れるということで、だれもができるだけ良い夢を見ようと、いろいろな試みをしました。
初夢の信仰は、もともと中国から伝わったもの。「夢を食う」といわれる貘(バク)の絵を枕の下に入れて、吉夢を見ようとしたという故事にあやかって、日本でも室町時代には、縁起の良い七福神を乗せた宝船の絵を、枕の下に入れて寝るようにしていました。
江戸時代になると、めでたい初夢は、「一 富士・二 鷹・三 茄子」(一 ふじ・二 たか・三 なすび)などの順と言われるようになりました。
これらの初夢はいずれも駿河(するが = 今の静岡県)の名物です。これは当時、天下を取った三河国出身の徳川家康にあやかりたいという庶民の願望もあって、こうした夢を見ようとしたのです。
ちなみに、江戸時代の元禄期(げんろくき)にも、新年になると宝船の絵が飛ぶように売れたと言います。