このあとの道徳の授業では、教科書の読み物を使用しています。しかし、私が学級担任をしていた時代は教科書がなかったので、自分でさまざまな読み物を探しました。
本日紹介する『納豆合戦』という短編小説も、そうして図書館で探し当てた1編です。作者は、大正から昭和にかけて活躍した菊池寛という作家です。1919年(大正8)の作品なので、おそらく時代背景もその頃かと思います。物語は、以下のような書き出しで始まります。
【皆さん、あなた方は納豆売の声を、聞いたことがありますか。朝寝坊をしないで、早くから眼をさましておられると、朝の六時か七時頃、冬ならば、まだお日様が出ていない薄暗い時分から、「なっと、なっとう!」と、あわれっぽい女の納豆売の声を、よく聞きます。私は、「なっと、なっとう!」という声を聞く度に、私がまだ小学校へ行っていた頃に、納豆売のお婆さんに、いたずらをしたことを思い出すのです。それを、思い出す度に、私は恥ずかしいと思います。悪いことをしたもんだと後悔します。】(一部 中略)
こうして【私】の苦い過去が語られるのですが、以下、簡単にあらすじを紹介します。
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11~12歳ころの【私】は、【吉公】というあだ名のガキ大将を筆頭に4~5名の悪友たちと小学校へ通っていました。【私】たちは毎朝のように、通学路で納豆売りのお婆さんと出会いました。お婆さんは目が不自由で杖をつき、見るからにみすぼらしい身なりをして納豆を売り歩いているのでした。
ある日、そのお婆さんに対し【吉公】がいたずらをします。お婆さんの目が見えないのをいいことに、安い方の納豆の代金1銭(昔のお金で現在なら10~20円)を払い、高い2銭(20~40円)の納豆をだまし取ったのです。それを見ていた【私】たちも、お婆さんのことを見下したように笑うのでした。
その後も【私】たちは、お婆さんに出会うたび入れ替わり立ち替わり納豆をだまし取りました。ただし、その納豆を食べるわけではありません。雪合戦のように納豆をひとつかみずつ投げ合う悪ふざけ、つまり「納豆合戦」に使っていたのです。
ある朝、同じように納豆をだまし取ろうとした【吉公】の腕を、駆けつけてきた【お巡査さん】がつかみます。そして、ものすごい剣幕で【吉公】を叱り、交番へ連れて行こうとしました。恐怖のあまり大声で泣き出した【吉公】を見て、共犯の【私】たちも一斉に泣き出すのでした…。
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納豆売りの行商を見たのは、この私(校長)でさえ幼い頃の遠い記憶です。したがって、皆さんにはイメージしづらかったかもしれません。それでもあえてこの小説を紹介したのは、いじめについて3つのことを知っておいてほしかったからです。
1つは、【吉公】や【私】の行為は、たとえ「悪ふざけ」や「いたずら」のつもりだったとしても、紛れもない「犯罪」であり「いじめ」であるということです。人の商品をだまし取る行為は、加害者の意図とは無関係に、法律に照らして「犯罪」です。「いじめ」も、加害者がどういうつもりだったかに関係なく、被害者がどう受け止めたかで決まります。
それとも関連して2つめは、自分より弱い立場にある者(【お婆さん】)をいじめるような人間(【吉公】や【私】)は、自分より強い立場や力のある者(【お巡査さん】)の前では、いとも簡単に弱者に転落するということです。それは「人をいじめる者は、いつか簡単にいじめられる側になる」ということでもあります。
最後の1つは、冒頭の【私】の述懐【それを、思い出す度に、私は恥ずかしいと思います。悪いことをしたもんだと後悔します。】から読み解くことができます。
いじめが、被害者を深く傷つけるのは言うまでもありません。その一方で、年月とともに加害者にも、深い後悔や自己嫌悪の念を抱かせるようになるということを、覚えておいてください。