「本日は、ご多用中にもかかわらず、大勢のご来賓の皆様にご臨席を賜り…」で始まる式辞冒頭の挨拶を、昨年に続き今年も述べることが出来ません。それどころか、さらに今年はマスクを着用し、演壇にアクリル板を設置しての式辞です。
7・8年生は今、教室でこの卒業式の様子をリモート中継で見ています。その在校生対応や放送機器トラブルに備えるため、教職員も全員そろっていません。もちろん、保護者の皆様の参列も制限を設けさせていただきました。
まずその保護者の皆様に、申し上げます。感染症対策のためやむを得ないこととはいえ、このような卒業式になりましたこと、さらにこの1年間、コロナ禍によりお子さんの学校生活にたくさんの我慢と不自由を強いてまいりましたことを、深くお詫び申し上げます。
ただ、お子さんの入学以来3年間、本校の教職員は常に全力でお子さんの指導・支援にあたってまいりました。どうかそれに対するご理解だけはお願い申し上げますとともに、この3年間に賜りました本校教育活動へのご協力に心より感謝申し上げます。
さて、9年生(卒業生)の皆さん。先日皆さんは、授業で3年後の自分に手紙を書いていましたね。では、その日の給食の時間・お昼の放送で、ラジオネーム「ジョニー」さんが、皆さんのためにリクエストしたこの曲を、覚えているでしょうか。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
もう分かったと思いますが、アンジェラ・アキさんの『手紙』という曲です。この曲は『拝啓 十五の君へ』というサブタイトルが示すとおり、悩み多き15歳の「僕」が未来の自分に手紙を書き、未来の自分がそれに呼応するという設定になっています。
実際に15歳の時、様々な悩みを抱えていたアンジェラさんが自分宛に手紙を書き、30歳の誕生日にその手紙がお母さんから届けられたことをきっかけに作った曲なのだそうです。
皆さんにとって義務教育最後の1年間は、2ヶ月間に及ぶ臨時休校で始まりました。そんなスタートに象徴されるようにこの1年間は、進路選択や高校入試だけでなく、過去の15歳が経験したことのない悩みや不安と向き合った日々だったに違いありません。
そこで私は、皆さんが3年後の自分に手紙を書いたように、未来の皆さんに手紙を書いてきました。ただし、アンジェラさんを真似て15年後、つまり30歳の皆さんに宛てた手紙です。そして、その手紙をもって、私の校長式辞に代えさせてもらうことにします。
もし良ければ、この式辞を載せた本日発行の校長通信を、皆さんの卒業アルバムに挟んでおいてください。15年後の皆さんが、ふと中学校のアルバムを開いたとき、改めてこの手紙を読み返してくれたなら、校長冥利に尽きます。
※ 続きは、下の『おりたたみ記事』をクリックしてください。
おりたたみ記事 ここをクリック
拝啓 三十の君へ。
この手紙を読んでいるあなたは、どこで何をしているのだろう。
あなたたちが板三中を卒業して、15年の月日が流れました。とはいえ中学校生活最後の1年間を忘れてしまった人は、一人としていませんよね。
あの年、新型コロナウイルスの感染が拡大し、世界中が未曾有の混乱に陥りました。あの年1年間だけで、世界で260万人以上の方が亡くなり、日本でも「緊急事態宣言」が出されましたね。その影響は医療活動や経済活動だけでなく、東京オリンピックが延長されるなど社会生活全体に及びました。
もちろん、学校も例外ではありませんでした。【分散登校】【密接・密集・密閉の『3密』を回避した学校生活】【黙って給食を食べる『黙食』】そして、4階の窓に貼った【STAY HOME おうちにいなさい】のメッセージボード…。当時学校に定着していたコロナ用語を、今でも覚えていますか?
拝啓 三十の君へ。
そんなコロナの影響で、あの年に予定されていた大きな学校行事は全て中止になりました。皆さんの卒業アルバムには、最終学年の運動会、文化祭、修学旅行の写真は載っていないはずです。一方、いつもと変わらない授業風景が載っていますが、確か写真撮影の時だけ、声を出さないようにこっそりマスクを外しましたよね。
そのように日々の学習活動においても、実験や実技、話し合い活動などで様々な制約を受けました。部活動で、最後の大会やコンクールを諦めざるを得なかった人も、たくさんいます。それらのことを思い出すとき、私は今でも胸が締めつけられる思いです。
でも、そうした悔しさや悲しみ、辛さを全てのみ込んで、皆さんは堂々と自分の進路を切り拓きました。進路が決定したことを校長室に報告に来てくれた人とは、握手やグータッチを避けて「肘タッチ」で喜びを分かち合いましたよね。
ただし、そんな喜びを味わうことができたのも、陰に日向に皆さんを支えてくれたご家族の愛情があったからだということ、そして、あの苦しかった1年を、皆さんの伴走者として共に走り抜けた9学年の先生方がいたということ…。今も忘れていませんよね?
目に見えないものと闘ったあの1年は、同時に目に見えないものに支えられた1年だったとも、言えるのではないでしょうか。
拝啓 三十の君へ。
そんな中学校生活最後の1年を過ごした皆さんは、「コロナ世代」と呼ばれています。当時は、コロナ禍により様々な行事ができなかった世代、不自由な学校生活を送った世代という意味で使われていたように記憶しています。しかし、今ではすっかり別の意味で使われるようになっていますね。
それは、人類が経験したことのない困難に、若くして立ち向かった世代という意味です。さらに、その困難を乗り越えたことで、他の世代以上にたくましい世代、他の世代にはない新しい価値を創り出せる世代、という意味でも使われています。そうした意味で使われる「コロナ世代」は、まさに皆さんにふさわしい言葉です。
拝啓 三十の君へ。
そんな「コロナ世代」の皆さんも、もう30歳。今や皆が社会の第一線で活躍していることでしょう。歳を重ねるごとに、現実の厳しさも分かってきたのではありませんか。自分も人の親となって、あなたのお父さん・お母さんが味わった苦労を、実感している人もいるでしょう。大人になるということは、必ずしも楽なことではないということが、分かりましたか?
大人になってから流す涙だって、あるのですよ。でも、そんな時には、家族や仲間が必ずあなたの力になってくれるはずです。そして、その仲間の一人に、ウィズ・コロナの苦労を共にした15年前の友達や先生がいることを、覚えておいてください。
拝啓 三十の君へ。
今、あなたが生きている西暦2036年は、どんな世の中ですか。15年前に世界を混乱させたコロナウイルスは、確かに終息しました。一方で、世界から戦争や紛争はなくなっていますか。
今日食べるパンがなかったばかりに、飢えて死んでいく子どもはいませんか。人間が、貧困や肌の色、人種や性別によって差別されない世の中ですか。誰一人取り残されることなく全ての若者たちが、自分の未来に希望を持てていますか。
拝啓 三十の君へ。
あなたが暮らす今、この国は15年前とどこが変わり、どこが変わっていないのですか。何を手に入れて、何を失ったのですか。AI(人工知能)が持つことのできない「心」や「生きる力」を、人々は大切にしていますか。
この国では、自分のことよりも国民の幸せを願う人が、政治を行っていますか。真面目に努力した人、正しいことを貫いた人が、報われる世の中になっていますか。
社会や学校から、いじめはなくなっていますか。「親」と呼ばれる人たちは、我が子のしつけや教育に責任を果たしていますか。学校や学校の先生は、信頼に足る存在になっていますか…。
拝啓 今私の前にいる十五の君へ。
今から15年後、あなたたちが30歳になったとき、この国が、そういう国であるためには、皆さん一人ひとりの力が必要なのです。いつかあなたがどんな道に進もうと、自分がこの国の新しい形を創っていくという自覚と、誇りと、責任を持って生きていってください。15年後のこの国を、どうか宜しくお願いします。
結びに、この手紙を読んでいるあなたが、幸せなことを願っています。卒業おめでとう。お元気で。さようなら。
追伸 三十の君へ。
あなたたちが板三中を卒業して、15年の月日が流れました。そろそろ同窓会をやってもいい頃ではありませんか。その時は、ぜひ私たちにも声をかけてください。皆がマスクを外して、肩を組んでくっついて、大声で飲んで歌って、思い切り「3密」の同窓会ができることを、楽しみにしています。
令和3年3月19日 板橋区立板橋第三中学校長 武 田 幸 雄