さて、卒業生の皆さん。約1週間前の学活の時間、皆さんは『15歳の自分への手紙』を読んでいましたね。それはちょうど7年生と8年生の今頃に、卒業を迎えた2年後・1年後の自分に宛てて書いた手紙でした。
未来の自分に書いた手紙というと、私は文化祭で4組の皆さんが歌ったこの曲を思い出します。ちょっとだけ、イントロを聴いてみてください。
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もう言うまでもありませんが、シンガーソングライターのアンジェラ・アキさんが作詞・作曲された『手紙』という曲です。
この曲は『拝啓 十五の君へ』というサブタイトルが示すとおり、悩み多き15歳の「僕」が未来の自分に手紙を書き、未来の自分がそれに呼応するという設定になっています。
実際に15歳の時、様々な悩みを抱えていたアンジェラさんが自分宛に手紙を書き、30歳の誕生日にその手紙がお母さんから届けられたことをきっかけに作られた曲なのだそうです。
冒頭で話したとおり、皆さんにとって中学校の3年間は、感染症対策に神経をすり減らす日々が長く続きました。それから少し解放されたと思った最後の1年間は、進路選択や高校入試など、感染症とは異なる悩みや不安と向き合った日々だったに違いありません。
だからこそ今日、私は皆さんに手紙をしたためてきました。皆さんやアンジェラさんを真似て、未来の皆さん、具体的には15年後、つまり30歳の皆さんに宛てた手紙です。そして、その手紙をもって、私の校長式辞に代えさせてもらいます。
式辞は、今日発行する校長通信に載せてあります。もし良ければ、その校長通信を後日配布される卒業アルバムに挟んでおいてください。そして、15年後の皆さんが、ふと思い出してアルバムを開いたとき、改めて私の式辞、いえ、私からの手紙を読み返してくれたら幸いです。
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拝啓 三十の君へ。
この手紙を読んでいるあなたは、どこで何をしているのだろう。
あなたたちが板三中を卒業して、15年の月日が流れました。とはいえ、感染症対策最優先でスタートした中学校生活を忘れてしまった人は、1人としていませんよね。
皆さんが入学した年、新型コロナウイルス感染症の拡大により延期されていた東京オリンピックが、1年遅れで開催されました。ワクチン接種も進められ、少しずつ暗いトンネルの先に明かりが見え始めていたように思います。
しかし、すぐにデルタ株とかオミクロン株といった変異ウイルスが出現し、その都度感染は再拡大を繰り返しました。やれ第5波だ、第6波だと言われていたので、最後は第何波だったのか、もう私はすっかり忘れてしまいました。
もちろん、学校教育も例外ではありませんでした。東京オリンピックがそうであったように、あの年は運動会も無観客で学年別に実施しました。
そして、文化祭は学校史上初めて会場を文化会館に変更して実施しましたが、やはり感染症対策で練習が十分にできない中での開催でした。そのためあの年から合唱の優劣を競う「コンクール」ではなく、お互いの合唱を鑑賞し合う「発表会」に形態を変えました。
拝啓 三十の君へ。
そんなコロナの影響は、もちろん日々の学習活動にも及びました。特に7・8年生の時は、実験や実技、話し合い活動などで様々な制約を受けました。学校生活の大半を占める授業で、皆さんに多くの不自由を強いたことに、私は今でも胸が締めつけられる思いです。
でも、そうした不自由や不便、我慢や悔しさ、不安の全てを乗り越えて、皆さんは立派に自分の進路を切り拓きました。
ただし、そんな皆さんを温かく見守り、陰に日向に支えてくださったご家族がいたこと、そして、義務教育最後の1年を、皆さんの伴走者として共に駆け抜けた先生方がいたこと。今も忘れていませんよね。
あの日、皆さんが卒業式で歌った式歌『遙か』の中にあったこの歌詞、覚えていますか。【気づけばいつも誰かに支えられ ここまで歩いた だから今度は自分が 誰かを支えられるように】
拝啓 三十の君へ。
あなたたちは、それまでの中学生が経験したことのないような困難に遭遇した「コロナ世代」の中学生でした。しかし、同時にあなたたち「コロナ世代」の中学生は、その困難を乗り越えたことで、それまでとは違う新しい価値観を創り出せる人でもありました。
その象徴が、それまでと形態を一変させた卒業式です。一人ひとりが主役の卒業式にするため、「答辞」を「立志の言葉」に替えました。式場で読み上げたのは代表者4名でしたが、言葉は学年全員で紡ぎましたよね。
そして、一人ひとりが主役であるために、その「立志の言葉」は全員が参列者に向き合う形で述べました。あなたたちが、新しい価値観で創り上げた新しい卒業式は、今も板三中で引き継がれているでしょうか。
拝啓 三十の君へ。
そんな「コロナ世代」の皆さんも、もう30歳。今や皆が社会の第一線で活躍していることでしょう。歳を重ねるごとに、現実の厳しさも分かってきたのではありませんか。
自分も人の親となって、あなたのお父さん・お母さんが味わった苦労を、実感している人もいるでしょう。大人になるということは、けっして楽なことではないということが、分かりましたか?
大人になってから流す涙だって、あるのですよ。でも、そんな時には、家族や仲間が必ずあなたの力になってくれるはずです。そして、その仲間の1人に、15年前に板三中で喜びも悲しみも共にした友達や先生がいることを、覚えておいてください。
拝啓 三十の君へ。
今、あなたが生きている西暦2039年は、どんな世の中ですか。あの頃世界を混乱させたコロナウイルスは、確かに終息しました。一方で、世界から戦争や紛争はなくなりましたか。
今日食べるパンがなかったばかりに、飢えて死んでいく子どもはいませんか。人間が、貧困や肌の色、人種や性別によって差別されない世の中ですか。若者や子どもたちは、自分の未来に希望を持てていますか。
拝啓 三十の君へ。
あなたが暮らす今、この国は15年前とどこが変わり、どこが変わっていないのですか。何を手に入れて、何を失ったのですか。AI(人工知能)が持つことのできない「心」や「感性」を、人々は大切にしていますか。
西暦2039年。この国では、自分のことよりも国民の幸せを願う人が、政治を行っていますか。真面目に努力した人、正しいことを貫いた人が、報われる世の中になっていますか。
社会や学校から、いじめはなくなっていますか。「親」と呼ばれる人たちは、我が子のしつけや教育に責任を果たしていますか。学校や学校の先生は、信頼に足る存在になっていますか。
拝啓 今日板三中を巣立っていく十五の君へ。
今から15年後、あなたたちが30歳になったとき、この国が、そういう国であるためには、あなたたち一人ひとりの力が必要なのです。いつかあなたがどんな道に進もうと、自分がこの国の新しい形を創っていくという自覚と、誇りと、責任を持って生きていってください。
15年後のこの国を、どうか宜しくお願いします。
結びに、皆さんの旅立つ新しい世界が、希望の光に満ちあふれていることを、心から願っています。卒業おめでとう。お元気で。
追伸 三十の君へ。
あなたたちが板三中を卒業して、15年の月日が流れました。そろそろ同窓会をやってもいい頃ではありませんか。その時は、ぜひ私たちにも声をかけてください。自分の人生を、自分の足で、自分らしく歩んでいる皆さんに会えることを、楽しみにしています。
令和6年3月18日 板橋区立板橋第三中学校長 武田幸雄