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          地名の由来


   東武東上線「武蔵常盤」駅前の分譲地の名前からつけられた。当初東武鉄道が西新井と上板橋を結ぶ「西板線」の操車場予定地として昭和2年に土地を買収したもの。その後西板線計画はいきづまり広大な土地が残った。今に残る大師線がその名残だ。そこで会社は田園調布を見習って分譲住宅地にした。昭和6年「武蔵常盤」駅を開設した。作られた分譲地の名前が「常盤臺(ときわだい)」だ。この常盤は駅名にちなむが、駅名は公募したものの「下頭橋」「東武住宅」「神明前」などでどれも採用されなかった。そんなとき東武の根津嘉一郎氏が駅裏の神明社(天祖神社)に表敬参拝したところ見事な常盤木の森に常盤の文字があった。「武蔵野の常盤木」にヒントを得て駅名を「武蔵常盤」分譲地を「常盤臺住宅」とした。現在天祖神社は境内を狭められ常盤木も減ったが、イチョウ・スダジイ・クスノキ・カヤなどの巨木が残る。
   なお駅名は昭和25年南口が開かれて翌26年から「ときわ台」となった。「ときわ」は「とこいわ」の転訛したもので、盤(岩)は特別の要件が加わらない限り変化しないから「永遠不滅」を強調する形容語となり、松が常緑樹で緑葉を変えないところから常盤は松の枕詞のように合わせものして使われる。常盤木とは常緑樹だ。




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